【 最後は家族 】

(2018年6月20日)

おりーです、

阪で地震がありましたね。

大阪在住の方は今も不安な気持ちで
過ごしていることと思います。

特に被害に遭われた方には
心からお見舞いを申し上げます。

災害が起こるたびに私たちは
平和な日常のありがたさを思い知ります。

不謹慎に思われるようでしたら
申し訳ありません。

でも、実際そうじゃないですか?

災害はまるで私たちに大事なことを
思い出させるためにやってくると
錯覚してしまうほどです。

何事もない毎日。

命があること。

家族が無事でいること。

あって当たり前のもの。

当たり前と思っているものが
実はありがたいものであることを
こうして時々思い出します。

私自身、大きな被害にあったことがないので
こんなことを言える立場では
ないかもしれません。

ですが、あの時は死を覚悟しました。

7年前の東日本大震災の日、です。

勤務先のオフィスで、
生まれて初めて死ぬことを
覚悟したのを今でも思い出します。

高層ビルの30階でした。

ビルが振り子のように揺れに揺れて、
大きな窓の向こうに異様な景色が見えました。

いつもは隣のビルが見える窓。

ビルが傾き、窓の向こうに地面が見える。

反対側へ傾き、今度は空が見える。

ビルが揺れる、

地面が見える、

空が見える、

シーソーみたいに景色が変わって。

このまま落ちるのかな…

オフィスの真ん中で右に左に揺られ
両足をふんばってこらえながら
ビルが倒壊するのをリアルに想像しました。

異様な光景に圧倒されて
恐怖を感じることも忘れていました。

ふと一つだけ頭に浮かんだのは家族のこと。

妻は無事なんだろうか。

子供達は学校から帰ったかな。

3人一緒にいるんだろうか。

もう会えないのかな。

死ぬかもしれないと思った時に
最後に考えたのは家族のことでした。

これって、何のために生きているのか、
自分の生きる理由が明確になった瞬間
だったと思います。

揺れが収まり自宅に電話して
無事を確認した時は感謝の気持ちで
いっぱいでした。

オフィスから自宅まで40Km。

夜通し歩いて帰宅するより
電車の運転再開を待ったほうが
早いと判断してオフィスに泊まりました。

で、翌朝帰宅。

家族と再会。

もっと近くにいなきゃ。

いつも近くにいなきゃ。

それまでずっと会社優先で
妻も子供もほったらかしの私でしたが、
大間違いだったと気づきました。

最後に自分に残るのは家族だから。

会社の仕事は誰でもやれる。

家族はオレしか守れない。

いつでも家族のそばにいて、
守っていこうとするなら
稼ぐ力を身につけるしかありません。

会社で出世することが
収入を伸ばす唯一の手段であると、

会社>家庭

にどうしてもなってしまうからです。

だからひとりで稼ぐ能力が必要。

東日本大震災があった3月11日から、
3ヶ月後の6月に会社を辞めました。

新卒で入社して11年3ヶ月、
一生いるつもりの会社でした。

でもそのままでは自分の望む人生を
得られないと悟りました。

家族を守れる生き方。

時間と場所に縛られず稼げる
ワークスタイルを手に入れたいと
思っていました。

で、いろいろあって今。

毎日自宅で仕事をしています。

それなりの収入も得られるようになりました。

家族と過ごす時間が何より幸せです。

2011年のあの時、会社員を辞めようと
決断した自分に感謝しています。

私のやり方だけが正解だとは思いません。

自分の人生をどうしたいのか、
選択の問題だと思います。

あなたはどんな人生を選択しますか?

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